2009年01月02日

真の文明は山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし

新年あけましておめでとうございます。
2009年がスタートし、スケジュール帳やカレンダーも新しいものに一新されたことでしょう。

ところで、以下の発言、誰の発言だかご存じでしょうか?



「世界人類の多くは、今や機械文明というものに噛み殺される。真の文明は山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし」


「民を殺すは、日本を滅ぼすことなり」


「国が在って民があるのではなく、民が在って国がある」





この次の発言で、分かっちゃいますね。


「皇居からわずか80キロ離れた関東の沃野を足尾の鉱毒で荒廃せしめ人民に塗炭の苦しみをさせながら、満州を占領したとて何になる」




私の尊敬する人、田中正造さんの言葉です。

そんな私の2009年のカレンダーは、田中正造大学のカレンダーです!
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カレンダー中央に書かれている「真の文明ハ山を荒らさず川を荒らさず村を荒らさず人を殺さざるべし」は、田中正造の1912年(明治45年)6月17日の日記に書かれていた言葉です。

足尾銅山の古河鉱業の精錬所から吐き出される亜硫酸ガスは、近隣の山々をはげ山にし、足尾ダムに流れ込む3つの沢の一つ、松木沢の途中にあった600年ちかい歴史をもつ松木村を廃村に追い込みました。たった数十年の煙害による公害で。

足尾から下流へ流れる渡良瀬川流域では、上流から流れる鉱毒で魚が死に、稲は育たなくなりました。生活が苦しくなった農民は、国会議員だった田中正造を頼りに、請願行動などをしますが、明治政府は、鉱毒問題を治水問題とし、渡良瀬川流域の谷中村を治水池にすることで幕引きとしました。

先祖代々住んでいた土地を離れることを強制された多くの村人がいました。
自然だけでなく、人と人とのつながり、先祖とのつながり、土地に対する愛着なども壊されたのでした。

こうした正造の「これが本当の文明か」という怒りが、この言葉には込められているといいます。

再び
真の文明ハ山を荒らさず  川を荒らさず  村を荒らさず  人を殺さざるべし



時代は変われども、正造の言葉は現代社会にも訴える力を持っています。

田中正造大学の坂原さんはこう言います。

「(正造の)百年前の言葉が、今でも私たちに新鮮さを与えてくれるのはなぜでしょうか。それは現代社会が本質的には百年前と変わっていないからです。今私たちが21世紀を『環境の世紀』として生きていきためには、この正造の言葉を噛み締めていくことが大切なのではないでしょうか」


カレンダーの注文は、田中正造大学までどうぞ。
WEBサイトには、2003年と2004年のカレンダーについてしか情報がありませんが、2009年版も発売しています。

2009年もどうぞよろしくお願いします。


宇井先生の足跡を追う旅 足尾・旧谷中村訪問記
足尾へ行きませんか?も書いています。

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2008年08月06日

キューバの小学生と「広島」と「禎子」

8月6日の原爆の日になると、私はキューバを思い出す。どうして、原爆とキューバなのかというと、2004年にキューバを訪問したときの私の体験にさかのぼることになる。S11300034

キューバの環境教育について調べるため、サンタクララにある、ラスビラス中央大学を訪問し、第三回21世紀インターナショナル環境科学会議に参加した。キューバだけでなく、南米を中心にスペイン、米国からの参加者が、研究発表を行っていて、私は主に、キューバの研究者の発表を中心に聞き、教育システムについて情報を集めていた。

キューバらしく、ランチタイムには生演奏が聞けてしまうという、素晴らしさ!よく、キューバの街を歩いていると、そこらじゅうから、演奏が聞こえてくると言われているが、本当にそうだった。11250009edit


そんなか、同大学で美術史を教えているホセ・エンジェル・アギレラさんが、地元の小学生を数人連れてきていた。アギレラさんは、ボランティアで子どもたちに環境教育を教えていて、小学生らは彼の教え子だった。

アギレラさんが私を小学生に紹介したときのこと。

「みんな、この人はね、日本から来たんだよ」と子どもたちに紹介すると、
子どもの一人が

「サダコ」
とアギレラさんと私の顔を見ながら言うのだ。

私は驚いた。

「サダコって、広島の原爆に被爆して、白血病で12才で亡くなった禎子のこと・・・ですよね?」
とアギレラさんに聞くと、
そうだという。

アギレラさんが子どもたちにスペイン語で何かを説明すると、今度は、「ヒロシマ」という言葉が、子どもたちから飛び出した。

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まさか、キューバで、「ヒロシマ」や「サダコ」という言葉を耳にするとは思ってもいなかった。

アギレラさんによると、環境教育では、粘土や折り紙を使って、動物について教えることがあり、折り紙で動物を折りながら、「この動物はね〜」と動物の特徴を教えていくのだという。
そして、折り紙といえば、日本の文化。日本の歴史についても話すそうだ。そのなかには、広島、長崎の話も含まれ、禎子の話もこうした機会に、子どもたちに話したということだった。

彼女たちにとって私は、初めて目にする日本人だったらしい。
だからなのか、アギレラさんから日本から来たと紹介されて、思わず「サダコ」と口に出てしまったのだろうか?
そこまで、サダコやヒロシマの話が、子どもたちの心に根付いているということなのだろうか。


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ヒロシマの原爆ドーム


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その日は、小学生が環境会議で発表することにもなっていて、TV局の取材も来ていた。ステージでの発表以外に、折り紙のデモンストレーションも行われた。ただ、使われた紙は、私たちが使うような折り紙ではなく、B4サイズくらいの紙を、正方形に切って使っていたような記憶がある。
とにかく、子どもたちは、そこで船やら箱を折った。そして、最後にアギレラさんが、「自分が作ったものを、ここに集まっている人の誰でもいいから、プレゼントしましょう」と言った。
すると、全員が私のところに、彼らが折った船やら、小物入れ風の箱を渡しにきたのだ。

確か、キューバは資源不足で、紙は貴重な資源であるはず。
私がいただいてしまって、いいのでしょうか・・・
という気持ちでいっぱいだった。

その前の会話で、サダコやヒロシマのことに触れたからだったかもしれないし、会議に参加している唯一のアジア人だったということもあって、興味があったのかもしれないが、素直に喜んだ。

あれから4年。今だに、いただいた作品は大事にとってある。
また、広島の原爆の残り火を、キューバに届けたというニュースも最近読んだ。
また一つ、キューバとヒロシマを結びつけるものが増えた。

チェ・ゲバラの原爆惨禍へのこだわりと広島への思い
テレメンタリー2007『炎の記憶〜原爆の残り火をキューバへ〜』



炎の記憶 〜原爆の残り火をキューバへ〜(全部で7回に分けてアップされています)





普段見れないようなキューバ映画の3本立てや、キューバ大使館参事官のお話し、
ダンス、音楽ライブ、交流会と楽しいイベントが盛りだくさんです!
ご家族、お友だちをお誘いの上、遊びに来て下さい。

--------------以下、転送大歓迎!!----------------------------

8月10日(日)10時〜18時
「キューバ 医療 教育 農業 展」
関連イベント第2弾!! 【スペシャル公演】

内容:
◇【10時〜14時 キューバ映画3本立て上映+講演会】
  場所:JICA横浜 2階 海外移住資料館内 ガイダンスホール
http://www.jica.go.jp/yokohama/


 (1)映画上映
 ・Hacerse el sueco(スウェーデン人になって)
  ロシアのマフィアに追われてハバナに逃げてきたスウェーデン人男性は
  最初は同じ外国人から盗みを働き生計を立てますが、盗みの行為は
  やがて地元の人々にも及んでいきます。そして・・・

 ・Miel para Oshun
  エキセントリックなタクシードライバーが彼を捨てたであろう母をキューバに
  探しに行き、臨死体験をしたり、彼の変わった性格がクローズアップされた
  ユーモラスなお話しです。

 ・La edad de la peseta
  edad de la pestaとは、キューバで7〜11歳までの青春期前を指す言葉です。
  子どもの成長のお話しだそうです。
  この作品は、Toronto international Film Festivalで上映されました。

 (2)キューバ大使館のアンドレス・ゴンザレス・バジェステル参事官の講演


◇【14時〜17時30分 交流会】
  場所:JICA横浜 3階 食堂テラス

 (1)14時〜14時30分
  Afrochicas、輪神 ―WAJIN―によるダンス
  横浜を中心に活動している2グループです。

 (2)15時〜15時45分
  港町ボレロのライブ

 (3)15時45分以降
  パーティー
  バイキング軽食、キューバのカクテル“モヒート”を500円で販売
  ※パーティー参加費はカンパ制(1,000円から)となっています。
--------------転送ここまで-----------------------------
posted by みの at 10:30| Comment(0) | TrackBack(0) | その他の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月01日

ソメイヨシノはクローンだった

 今年の「開花前線」に異状あり 
 東、西日本が逆転現象
(毎日新聞 2008年3月29日)


という記事が示すように、今年は南九州よりも東京で一足早く桜が開花しましたね。週末はお花見三昧だった人も多いことでしょう。
私は土曜日に、しだれ桜で有名な六義園(東京・文京区)に行ったのですが、入場門から、ズラリと続く長蛇の列を見て諦めました。その代わりに、巣鴨駅まで歩き、山手線沿いの桜並木を楽しんできました!

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【写真は、石神井川(板橋)お花見ロード】

桜といえば、ソメイヨシノが有名ですが、名前の由来は「染井」(現在の東京都豊島区駒込)と、桜の名所として有名な吉野山(奈良県)の「吉野」という、二つの地名からきているそうです。

明治23年(1890年)に、藤野寄命(きめい)という人物が、「ソメイヨシノ」と命名しています。上野公園の精養軒の近くで、桜の調査をしていたところ、初めて見る樹を見つけ、公園の係に尋ねてみると、「多くは染井あたりより来る」と言うので、当時、一般的に知られていた山桜の吉野桜と区別して、「ソメイヨシノ」と命名したそうです。

吉野桜という呼び名がすでに浸透していたので、「ヨシノ」という呼び名を残し、染井から来たヨシノということで、ソメイヨシノになったのではないかと言われています。

その染井というのは、駒込付近で、ソメイヨシノの発祥の地として知られています。
駒込では、3月20日に「駒込染井吉野櫻開花まつり」が、駒込・染井銀座商店街で開催されました。商店街の場所は、JR駒込駅と、三田線巣鴨駅の近くです。 単なる偶然ですが、六義園の桜を諦め、ソメイヨシノの発祥の地(付近)である巣鴨で桜を見たことに、一人、嬉しくなってしまいました!

妙な縁を感じ(笑)、ソメイヨシノについて、いろいろ調べてみると、意外な事実にたどり着きました。

ソメイヨシノは、比較的新しい品種の桜であるということ。
江戸時代末期に誕生した品種だというのです。昔から、ずっと、日本の春を彩る定番だったと思い込んでいましたから、びっくりです。(苦笑)

また、ソメイヨシノの増え方にも驚きました!

江戸時代に、「オオシマザクラ」と「エドヒガシ」の交配で誕生した1本のソメイヨシノは、接木や挿木のクローン技術によって、増えていったのです。その結果、現在では、日本の桜の8割は、ソメイヨシノだそうです。

ちなみに、ソメイヨシノには、「自家不和合性」という性質があって、同じ樹のおしべとめしべの間では、受粉できないのです。できた種には必ず別の樹の遺伝子が混ざるので、種を育てても、元の樹と同じにはならないとか。

決して、今日がエイプリールフールだから、めちゃくちゃなことを書いているのでありませんので。(苦笑)
詳しくはこちらの書籍をどうぞ!


桜が創った「日本」 佐藤俊樹
posted by みの at 23:54| Comment(0) | TrackBack(0) | その他の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月19日

英国雑誌事情

 英国に住む友人から、雑誌「オルタナ」について、興味深い話を聞く機会がありました。英国では、オルタナのような雑誌が、一般の書店に並ぶことは、考えられないというのです。

 英国の大学で博士号を取得した友人は、かなりの読書家。難しい哲学の本から、地下鉄の駅で無料配布されているフリーペーパー「メトロ」まで読み、英語のみならず、フランス語の書籍やニュースも読んでいるという人物。

 この友人が言うには、そもそも英国都市部の書店でさえ、雑誌コーナーはスペースが狭く、その狭いスペースを占領しているのは、エンターテイメント系の雑誌。
 次に多いのが、ビジネス関連、科学技術系の雑誌で、オルタナのような環境関連の雑誌や、国際協力などの開発関連の雑誌は、ほとんどないそうです。

 英国に、環境関連、国際協力の雑誌がないわけではありません。こうした分野の雑誌は、その分野を専門にするNGOが発行していて、購入するには、NGO事務局に問い合わせなければならないのだとか。

 友人は、帰国した翌日、時差ボケにも負けず、東京の書店を午前中からチェックしました。そして、日本では、教育関係や、環境関係の雑誌が、一般の書店で入手しやすいとの印象を持ったそうです。

 「オルタナ」は、環境問題やエコロジー、企業の社会責任(CSR)など、持続可能な社会をつくっていく世の中の動きにフォーカスした雑誌です。オルタナを読んだことのある友人は、こうした日英の書店比較から、「英国では、オルタナのような雑誌が、一般の書店に並ぶことは、考えられない」という発言をしたのでした。

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 もうすぐ創刊から一年を迎えるオルタナは現在、青山ブックセンター本店を含む書店やショップ9カ所で販売しています。雑誌の設置販売にご協力いただけるショップを探しています!
 普通の雑誌を手にとるように、オルタナを手に取ってもらえたら…と思います。


お近くにショップがない場合は、ウェブからの購入も可能です。

  スローウェブショップ「膳(Zen)」
  Fujisan.co.jp  (紙版) (デジタル版) (デジタル見本誌)

オルタナを読んだことのない方は、Fujisan.co.jpのデジタル版見本誌をどうぞ。そして、気に入っていただけましたら、年間購読をしていただけると嬉しいです。 → http://www.alterna.co.jp/buy.html



                                 *  *  *


 英国雑誌事情をもう一つ。

 英国発の、ホームレスの自立を助ける雑誌『ビッグイシュー』は、書店ではなく、路上でホームレスの販売員が販売する雑誌です。そのビジネスモデルは、2003年に日本上陸。雑誌『ビッグイシュー日本版』として、日本の路上で販売をスタートしています。(私も記事を書いてます)

 ホームレスが140円で仕入れた雑誌を、300円で売り、差額の160円が彼らの収入になるというしくみです。

 英国でビッグイシューを購入していた友人によると、英国では、「他人にお金を与える事は、紳士のマナーに反する」という考えが強く、ホームレスにお金を与えることは、「金銭管理が出来ない証拠」と見なされてしまうそうです。

 したがって、ホームレス問題についても、チャリティ(慈善活動)ではなく、“ビジネス”(経済活動の一環として成立するしくみ)として、ホームレスの自立を促す必要が求められるのだとか。

 以前私が、ビッグイシューの創設者である、ジョン・バードさんを取材した際、「慈善事業のような「与える行為」は、与えられた者にとっては自立の機会を奪われる行為でもある」とコメントされていたことを思い出しました。

「施しではなく『自立の機会』を」
――『ビッグイシュー』、ホームレス支援の16年 創業者ジョン・バード インタビュー


R0011363edit 【写真】左が英国で販売されているビッグイシュー。表紙は、化粧品の専門店「ザ・ボディショップ」の創業者、アニータ・ロディックさん。夫の、ゴードン・ロディックさんと共に、ビッグイシューの創設に深く関わった。この号は、2007年9月に亡くなったアニータさんを追悼する特集が組まれ、雑誌のタイトルが、「The Anita Issue」となっている。右は、ビッグイシュー日本版。
posted by みの at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | その他の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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