2014年06月26日

2014年06月25日のつぶやき























戦争で死ぬ、ということ 島本慈子


戦争を知らない世代は、戦争で死ぬということがどういうことなのか、どこから知り得るのだろう。
私の記憶のなかで最も古い戦争疑似体験は、映画『ガラスのうさぎ』を見たことだろうか。
それから数々のテレビドキュメンタリー番組。
広島の平和博物館には、小学生のときに行ったことがある。が、意外にも記憶にほとんど残っていない。
大人になってから訪問した広島、長崎は、目の前の展示がなんであるか、しっかり意識して受け入れることができた。
戦争体験者の話も聞いた。
それから、夢中で読んだ『きけわだつみの声』。
戦争で明日死ぬ、という運命を前にした若い兵士の書きのこしたものを読むのは、つらかった。
でも、読んでいる私は、明日戦場で死ななくてはいけない、といった環境にはいない。
今、私が生きている環境のありがたさを、痛感した。

回天をはじめとする人間兵器についても、たくさん読んだが、この国が、人の命を消耗品のように使っていたこと。計画性も見通しもないのに、精神論だけでつっぱしっていたことに背筋が凍りつくばかりだった。

私は、戦争で死ぬということがどういうことなのか、知ろうとした。
そして、戦争で死にたくないし、誰も殺したくないという思いを強くした。

『戦争で死ぬ、ということ』の著者はこう書いている

私は戦後生まれの自分の感性だけを羅針盤として文献と証言の海を泳ぎ、自分自身が「これが戦争のエキスだ」と感じたことを読者にも提示しよう、と思った。


何のために?それは日本のこれからを考えるときの判断材料として。
過去の事実のなかに、未来を開く鍵があると思うから。

誰のために? それは私と同じく、戦争を知らない人々のために。





posted by みの at 00:01 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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