2014年04月23日

水俣病 臨水審報道の裏にあるものを考える

ツイートのなかから、臨水審についての私の考察を抜粋しておきます。











という展開にならないといいのですが。
・・・・・・・・・・・・・・・

以下の3冊は、すべて同じ内容ですが(解説や加筆されたあとがき以外)タイトルがそれぞれ異なります。
最も内容を的確に表しているのは、二番目の『官僚はなぜ死を選んだのか 現実と理想の間で』だと思います。ここでいわれている「官僚」とは環境省の官僚だった山内豊徳さんのこと。
水俣病行政の現実と理想の間で板挟みになり、その結果、「死を選んだ」のです。
山内さんの通夜だったか葬儀で、同僚が、山内さんについて「彼は官僚に徹しきれなかったのね」といったそうです。では、官僚になるということは、どんなことなのでしょう。
理想は理想、現実は現実と割り切ることができる人間になるということでしょうか。


著者は映画監督の是枝裕和さん。
現在、もっとも入手しやすいのは、これ↓のようです。

雲は答えなかった 高級官僚その生と死 (2014年出版)

是枝さんによる「刊行にあたって」(2014/1/15)
想田和弘さんによる「解説――共振する『しかし』」
が、2014年に出版されたPHP文庫版には掲載されています。



官僚はなぜ死を選んだのか 現実と理想の間で (2001年出版)

このバージョン↑は、未確認ですが、おそらく
是枝さんによる「文庫版のためのあとがき」(2001/5/1)が、このとき、加筆されたと思わます。



しかし… ある福祉高級官僚死への軌跡 (1992年出版)
【送料無料】しかし… [ 是枝裕和 ]

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価格:1,782円(税込、送料込)


私の手元にあるのはこの↑バージョンです。
是枝さんによる「あとがき」(1992/11/3)があります。
一気に最後まで読み切りました。
その後しばらくの間は、山内豊徳さんのことを考えずにはいられない日々が続きました。
そして現在も、水俣病行政を担当する環境省の官僚を前にすると、山内さんのことを思い出してしまいます。

近く発行される『水俣支援東京ニュース』に、水俣病患者と環境省の水俣病担当者のやりとりを一部再現したルポが掲載されます。
嫌というくらい「官僚に徹して」いらっしゃる環境省の担当者たちを目撃しました。
私のルポは、たくさんの人の目に留まることはないと思いますが、例えば50年後、誰かの目に私のルポがとまれば、あのとき、2014年4月2日に環境省の一室でどんなやり取りが行われたのか、知ってもらえるわけです。
私は、小さな小さな種を、将来にむけてまいたと思っています。
あまりにも種をまいた場所が日影すぎて、小さな種は大きく育たないかもしれないですけど。
それでも、種はまかれた。
種は私に実をもたらさなくてもいいのです。
小さくても、ささやかでも、何があったのか未来の人に知ってもらえればいいのです。

水俣病で犠牲になった命とその魂たち――。
どこかで私がしていることを見てくれていますか?
あるとき、
「水俣病で亡くなった魂が、よろこんでくれるような仕事をしていきましょう」と、
ある方からいわれて、とても納得しました。
それ以来、私は常にこの言葉とともに生きています。

水俣病事件の解決に人生を捧げてきた方々。
すでに故人となってしまった方々もいらっしゃいます。
もし、そうした人たちが死後、どこかで集まっているのなら、
私も死後、そこにおじゃまさせていただき、私が見て来た水俣病事件についてお話したいです。
焼酎は飲めませんが。(苦笑)
posted by みの at 12:16 | TrackBack(0) | 水俣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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