2011年02月20日

『レイチェル・カーソンの感性の森』

(ドラフトですが、一足先にコチラに公開!)

1962年に化学物質の危険性を告発した『沈黙の春』を出版したレイチェル・カーソンの晩年を描いた映画『レイチェル・カーソンの感性の森』 が、26日から渋谷・アップリンクで始まる。

映画のベースになるのは、レイチェルの死後刊行された遺作『センス・オブ・ワンダー』だ。これは、1956年、レイチェルが49歳のときに書いた論文「あなたの子どもに驚異の眼をみはらせよう」を本にしたもので、レイチェルが亡くなった1964年に出版されたもの。

レイチェルを演じるのは、カイウラニ・リー。彼女は、レイチェルの最後の一年を描いた一人芝居『センス・オブ・ワンダー』の脚本を執筆、レイチェル役を演じてきた。スクリーンでは、メイン州にあるレイチェルの海辺の別荘を舞台に、甥のロジャーと過ごした日々をドキュメンタリータッチで再現している。カイウラニ演じるレイチェルは、インタビューに答えるように、ロジャーのこと、母親のこと、『沈黙の春』を出版するまでの経緯や、本が売れて有名になったことで降りかかる苦悩を語る。

ある新聞記事の見出しは、環境汚染関連の会議を風邪で欠席したレイチェルについて、“沈黙の春の著者が風邪で沈黙”と書いた。自分が風邪をひいていることが新聞の見出しになるなんて、大統領なみだと笑うレイチェルだが、誹謗中傷に傷ついていたことは間違いない。朝、新聞で批判記事を目にすれば、一日中気分が重い。それでも、夜になれば、気持ちも落ち着くだろうと語るレイチェルは、こうした批判記事を、一冊のノートに書き写し、まとめていたようだ。

末期ガンとたたかいながらも、そのことを隠し通したのは、自分のガンに関心が集まるより、『沈黙の春』への関心を高めたいと思ったからだという。


印象的だったのが、「作家が主題を選ぶのでなく、主題が作家を選ぶ」というレイチェルの言葉だ。
大学時代、必須科目で受講した生物学に魅せられたレイチェルは、専攻を文学から生物学に変えている。1920年代、女性が生物学の分野で活躍するのは難しい時代。しかし、レイチェルを教えた生物学の教師は女性だったというから、この女性教師の存在が、レイチェルの背中を押したのかもしれない。周囲の猛反対をふりきり、後に、海洋生物学で修士号取得た。
「初級水産生物学者」採用試験にトップで合格し、唯一の女性合格者として漁業局に就職した。在職中に『ボルティモア・サン』『アトランティック・マンスリー』に執筆。これらは、レイチェルの最初の著作『潮風の下で』(1941年、41歳)の出版の足がかりになった。その後、『われらをめぐる海』(1951年44歳)がベストセラーになり、役所を辞めて執筆活動に集中することに。『海辺』(1955年48歳)とともに、これらは海の三部作といわれている。
文学を専攻していたころに習得した作家としての技量と、海洋生物学の専門知識に、「神秘さや不思議さに目をみはる感性(センス・オブ・ワンダー)」。これらを持っていたレイチェルは、『沈黙の春』を書くために選ばれた人物だったのかもしれない。


レイチェル・カーソンを雲の上の人と感じるか、身近な存在だと感じるか−。私にとっては後者だった。

クリストファー・マンガー監督は、「一人の人間が、世界を変えられる」ということを伝えたかったといっている。レイチェルの『沈黙の春』が引き金になって、後の米政府がDDT使用禁止の法律を制定させたように、私たちには、世界を変える力があるということ。監督の思いと、18年間、レイチェルを演じてきたカイウラニーの思いが映画に反映し、レイチェルとの距離感を感じさせない作品になっている。



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posted by みの at 11:41 | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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