2010年01月14日

裏舞台・映画「わが街わが青春−石川さゆり水俣熱唱−」

先日、水俣フォーラムが主催するイベントで、

映画「わが街わが青春−石川さゆり水俣熱唱−」
胎児性水俣病の患者たちが燃えたひと夏の体験


を見てきました。

オレンジ鉄道からの不知火海.JPG
(写真はオレンジ鉄道から見える不知火海)

1978年、今から約30年前につくられた作品です。

お母さんの体内でメチル水銀をひばくし、
生まれながらに障がいを持つ彼らは「胎児性水俣病患者」
と呼ばれています。

仕事に就くことができない。
両親からは、20代になっても、子ども扱いされている。
自分たちの手で何かやってみたい!

そこで持ち上がったのが、演歌歌手の石川さゆりを水俣に呼び
コンサートを行うということ。

映画のナレーションでは、石原慎太郎・環境庁長官(当時)の
協力で、石川さゆりの水俣でのコンサートが実現したと、
サラリと説明が入ってましたが、

実際は、こんな事情があったんです。

(石原慎太郎が)78年環境省長官だったときに、水俣を訪問。(何か患者が書いたものを見て)「この内容は本人が書いたものじゃないだろうと」といったり、面会を拒否してテニスをしたり等・・・不誠実な言動があった。
石原氏は、それでも患者のために何かをしたいといい続け、(患者の)川本輝夫さんに年賀状を個人的にだしつづけ、「できることがあれば言ってくれ」とアプローチしていた。
そこで、(医師の)原田正純さんが、胎児性患者がコンサートをやりたいと考えている。芸能プロダクションのトップと話をしてくれと依頼。
その結果、ホリプロ所属の石川さゆりさんが水俣でコンサートを行うことが決定。

(主催者による説明。間違いあれば教えてください)

こうした事情で、石川さゆりが水俣に来る!ということで、
町中にポスターを貼り、チケットの販売を行う・・・といったこと全てを
胎児性の患者さんたちが実行しました。
水俣病のせいで、歩行障害のある足を引きずりながら、です。


私はこの映画見る前日まで、水俣に滞在していました。
映画に登場する胎児性患者の数人にお会いする機会がありました。
つまり、当時20代だった彼らの「今」を見て知っているのです。

映画に写しだされた20代の彼らは、自分の脚で歩いていました。
しかし、私が先日お会いした胎児性患者の方々は皆、車椅子を使っていました。

20代から50代への加齢で、
顔が老け、しわがふえ、白髪が目立つようになるは、当然のこと。
だれだって老化しますから。

しかし、50代で歩けなくなる老化は、普通では考えられないことです。
しかも彼らは、50代になって歩けなくなったのではなく、30代、40代で、すでに歩けなくなっているのです。

ですので、映画「わが街わが青春−石川さゆり水俣熱唱−」を見て、
自分の脚で歩いていた「過去の」彼らの姿を見ることは、すごく辛いことでした。


それから、映画では、胎児性患者さんらが、コンサート会場まで来れない明水園に入院している高齢者や、水俣病患者のため、石川さゆりさんに明水園に来てもらよう働きかけ、実現させます。

ベッドに寝たきりの患者さんらの前に、当時20歳だった石川さゆりさんが現れ、握手をしていきます。

このシーンは、私に、あることを思い出させました。

やはり水俣滞在中のこと。
一人の胎児性患者さんが、私にこう伝えてきました。

「奥田さん、今度は明水園にも行ってください。
ベッドに寝たきりの人がいるから、会ってください」

言語障害があるので、スラスラとこうした言葉を発したわけではありません。ゆっくりと、一言一言、呼吸を整えながら、伝えてくれた言葉でした。

30年前、明水園の患者さんたちを気遣って、石川さゆりさんを呼んだ彼らは、
30年後の今も、ベッドで寝たきりの明水園の彼らのことを、ずっと忘れないでいるのです。

この言葉をかけてくれた患者さん自身は、車椅子を使っています。
トイレに行くのも、移動するのも、自分の行きたい場所に行くのにも、介護が必要な状態です。

「健常者」と言われる私たちが、特別だと思わずに日々行っていること。そうしたことができる「自由」と、介護を必要としない「自立」を、生まれたときから奪われている胎児性患者たち。

ご自身も様々な悩みを抱えているなかで、
どうして、この方は、他人の辛い状況まで考えることができるのだろうと。
その優しさの深さに、心が大きく揺さぶられました。


・・・
というような感想を、映画後のピーター・バラカン氏のトークセッションで、述べさせていただきました。

打ち合わせなしで、突然、主催者からコメントを求められてしまったので・・・(苦笑)

小心者の私は、自分の名前が呼ばれた瞬間から、手が震えてしまいましたが、同時に、「私には伝えるべきことがある」という(勝手な)使命も感じていました。

自分から進んで発言しようとしない私のことを察したのか(?)、主催者からの見事な「奥田指名」(笑)には、かなり緊張させられましたが、映画を見た皆さんに、現在の胎児性患者さんの状況について、お伝えすることができて、本当によかったです。

指名してくださった●さん。感謝しております!

また、イベント終了後、
「あなたのコメント、すごくよかった」
とわざわさ伝えてくださった方もいらっしゃいました。

新参者ですが、今後も、情報発信していきたいと思いました。
(追伸:ツイッターで水俣病関連の情報発信をしていることもPRしました)

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posted by みの at 00:00 | TrackBack(0) | 水俣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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