2018年02月03日

映画『女の一生』と拙著『若槻菊枝 女の一生』





























〈荷造りをおえると、ジャンヌは窓辺に寄った。だが雨はまだやんでいなかった 。〉

十八世紀のフランスの作家、ギイ・ド・モーパッサンの小説『女の一生』(新庄嘉章・訳)の書き出しは、このように始まる。一八八三年の発売後、八カ月で二万五千部を売り上げたベストセラー の主人公は、ジャンヌという十七歳になったばかり少女である。
十二歳で修道院の寄宿舎に入れられたジャンヌは、十七歳になると、先祖伝来の海辺の屋敷で暮らし始めるのだが、物語冒頭のジャンヌは、まだ修道院のあるルーアンという町にいる。あいにくの大雨で、前日にジャンヌを迎えにきた両親とともに足止めをくらっているのだ。厳格な寄宿舎生活から解放されて、新しい暮らしに大きな期待を寄せている彼女は、自由を謳歌し、恋をし、結婚するであろう将来の自分の姿にうっとりしつつ、一刻も早くルーアンを出発したくして仕方がない。
だが、一向に雨は止まない。モーパッサンはジャンヌたちを足止めさせている雨について、「低くたれこめて水気をいっぱいに含んだ空が、まるで裂けでもして、地面にすっかり水をあけ、土を牛乳粥のようにどろどろにし、砂糖のように溶かすのではないかと思われた 」と書いている。その数行後、段落を改めて、こう続く。

〈ジャンヌは昨日修道院の寄宿舎を出たばかりで、ようやくこれで永久に自由解放の身となり、あんなにもながいあいだ夢みていた人生のあらゆる幸福をまさにとらえようとしているのであった 。〉

『女の一生』は、日本でも大正二年(一九一三年)に植竹書院から日本語訳が出版されたのを皮切りに、今日に至るまで、複数の出版社が翻訳版を出している。ベストセラーになった植竹書院の『女の一生』(広津和郎・訳)は、改版する度に一万部以上売れた 。
読み終えられた本の中には古本屋に売られたものもあった。そうした本は夜店に並べられていく。新潟のある古本売りの露天商の夫婦は、売れ残った古本を空き箱に詰めては、小学校に通っていない親戚の女の子のところに持っていった。「大正」から「昭和」へ時代が変わっていく頃の話である。
その女の子は小学校に三年だけ通った後、「学校には行きたくない」と登校拒否をしていた。というのも、小さな弟を背負って、子守をしながら授業を受けていると、決まって弟が泣き出し、教師から教室の外に出ていくよう叱られるからだった。教師は、人手の足りない貧しい農民の事情に同情すらしなかった。女の子は自分を邪魔者扱いする学校に通うのをやめてしまった。
だが、女の子は「学びたい」という気持ちを失ったわけではなかった。すでに読み書きができた女の子にとって、親戚が持ってきてくれる古本は、彼女に新しい世界を教えてくれる学校≠ニなった。
漢字にはフリガナがついていた。女の子は本を読むことに没頭した。夜店で売れ残る本は外国の翻訳本が多く、女の子は自然と外国の文学に慣れ親しんでいく。モーパッサンの『女の一生』は、女の子が読んだ物語の一つだった。

日本海に近い新潟・蒲原平野に大正五年(一九一六年)に生まれたその女の子は、十七歳になると、家族に反対されながらも東京行きの列車に乗り込んだ。どうしても東京に行きたかったのである。
東京で彼女はカフェの女給をやったり、デパートの販売員として働いた。戦後は新宿の闇市で商売をはじめ、物販からそば屋、そしてバーの経営へと商売を変えつつ、店を一軒、二軒と増やしていった。小さな店が大きくなっていくとともに、女の子は、少女から大人の女性になり、バーのマダム、経営者へと変貌をとげた。
彼女の名は、「若槻菊枝」といった。

本文における< >で示した箇所は、モーパッサン『女の一生』(新庄嘉章訳)新潮社文庫、1951年、1988年改版からの引用です。

女の一生.JPG

posted by みの at 15:24| 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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