2014年07月11日

2014年07月10日のつぶやき


























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2014年07月06日

「チッソ・JNCの水俣病補償救済からの逃亡を許さない7・6アピール」

チッソと国の水俣病責任を問うシンポジウム第10回にて、以下のアピール文が採択されました。

s20140706会場.JPG

チッソ・JNCの水俣病補償救済からの逃亡を許さない  7・6 アピール

 水俣病未認定問題では、被害者の闘いと、為政者の和解策とが交互に歴史を織りなしてきました。

 一九九五年 村山内閣による第一次政治決着が約一万人の未認定患者を対象に行われましたが、患者定義も行政責任もあいまいなことに抗して続けられたチッソ水俣病関西訴訟で、二〇〇四年、最高裁判決が国と熊本県に水俣病拡大の賠償責任を初めて確定させ、病像も中枢神経損傷説を軸に塗り替えられました。

 判決に背中を押されるようにして多くの患者が認定を申請する中、二〇〇九年には「水俣病特措法」が施行され、補償救済を求めて新たに名乗りを挙げた人々は六万五千人に上りました。私たちは水俣病被害の裾野の広さを、深く認識し直した次第です。しかし、出生年や居住地域の線引き、二年二カ月での受付停止、今後明らかになる「非該当」判定・・・様々な形でそこから除外される人々が多数存在し、特措法が標榜した「能う限りの救済」は画餅に帰さんとしています。

 そんな中で二〇一三年、溝口訴訟・Fさん訴訟の最高裁判決が、棄却患者を多数生みだす公健法の認定基準(水俣病判断条件)の誤りを指弾したのは記憶に新しいところです。二度にわたって、行政の誤りを最高裁が断ずるというのは、極めて稀な展開です。そこ至る患者・被害者の闘いに心から敬意を表するとともに、この期に及んでも水俣病判断条件を見直さない国の環境行政には憤りと失望を抑えることができません。

 それにも増して由々しいのは、チッソが、勝手に水俣病問題を終わらせようとしていることです。特措法がチッソと子会社JNCの免責を促進することを、私たちは、法の成立以来ずっと批判し続けて来ましたが、今般の会社法改正問題で、いみじくも、チッソの本音が露呈しました。チッソは特措法の「子会社株売却 → 免責」をあたかも既得権のように言い募り、それに籠絡された国会の多数会派が、改正会社法で課されるはずの「子会社株売却には株主三分の二の同意が必要」という新たな規制を、チッソには免除することにしてしまったのです。

 このようなチッソ優遇の立法は残念至極ですが、そのことで私たちは危機感を深めました。当面チッソ子会社株売却を認可する状況にないと環境省は言っていますが、予断を許しません。熊本・新潟の患者団体は連帯を強め、また、国会内でも超党派の議員連絡会が結成されるなど、新たな動きも始まっています。

 水俣病被害の「底」が見えない以上、補償救済は被爆者援護法のような恒久法によってこそ行なわれるべきで、そのためにも、チッソによる子会社株売却は、半永久的に凍結し続けるしかありません。
水俣病補償責任がある故に行政の手厚い庇護を受け、倒産を回避してきた会社が、未認定患者がなおも苦難の海にあえぐ傍らで補償救済の放棄を目指すのは、天に唾する暴挙です。

 私たちは、チッソ(新潟では昭和電工)と国・県に対し、水俣病患者・被害者の補償救済に最後まで責任を持つよう、強く求めます。チッソ・JNCの逃亡を決して許さないことを、声を大にして訴えます

2014年7月6日

チッソと国の水俣病責任を問うシンポジウム  参加者一同

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2014年07月05日のつぶやき


























































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2014年07月03日

2014年07月02日のつぶやき



























枯れるように死にたい 「老衰死」ができないわけ 田中奈保美

確か、東京新聞で紹介されていて手にとったのだと思う。
読んでよかった。肉親の死にどう向き合うべきか、再考した。
自然な老衰で生をまっとうするには、それなりの心構えが必要なのかも。
本人の意志はもちろんだが、家族の理解が大きい。
そうしたものがないと、医者は延命を進めてくるから。
よい本です。
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2014年07月02日

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2014年07月01日

2014年06月30日のつぶやき







































ハードトーク 松原耕二

著者の松原耕二さんは、TBSテレビの『NEWS23クロス』のメインキャスター(2010〜2012年)を務めていた方。報道番組に関わられていた方が書かれた、テレビ報道の現場をモチーフにした小説なので、いろいろと実話をベースにしたエピソードも含まれているんだろうなと、そんな読み方もできる。
主人公のインタビュアーがインタビューの醍醐味を語ってくれる。
それはそのまま松原さんのインタビューに対する思いなのだろう。
私も取材でインタビューをしたことが何度かある。それはTVの取材とは違って、私が話を聞き、私が写真を撮り(カメラマンが別にいることもあるが)、私が後で文章にまとめる、というものであり、ほぼ、全てを私がやらなければならないというもの。
聞き忘れている質問をカンペで教えてくれる人もいなく、私の取材は、常に、取材ノートを見ながらとなってしまう。
本当は、相手の顔を見て、お話をうかがいたい。
でも、そうしてしまうと、メモがとれないし、聞くべきことを聞き忘れてしまうし、本当に残念だが、私の視線は相手の顔と、ノートをいったりきたりしながらのインタビューになってしまうのである。
ある有名な作家は、取材のときにメモを一切とらなくても、会話を覚えているという。
メモをとらないことが、取材相手を安心させるらしいが、記憶にしっかりメモされているのだから、相手が感じる「安心感」は、表面上だけのものではないかと思う。
そうであっても、メモせずに記憶できるという能力は、喉から手がでるほど羨ましい。

昔のツイートですが、はっておきます。

「筑紫哲也 明日への伝言」最後は筑紫さんが語るテレビの限界についてのコメント。番組構成を担当したのは松原記者。自社・自己を問う姿勢として好感。松原氏がNEWS23を降板したときツイートに感じた報道番組への情熱と姿勢が、番組構成に見えた気がした。 #BSTBS posted at 21:11:29
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