2014年06月10日

2014年06月09日のつぶやき
























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2014年06月09日

2014年06月08日のつぶやき

















瞽女うた

岩波のサイトに、瞽女うた の音源がリンクされています。

読むだけですっきりわかる日本史

同じ内容を教科書で読むと頭に入らないけど、
こういう本で大まかな流れをおさえてから、教科書で詳細を詰めていけば、歴史の授業で苦労しなかったかも…。
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2014年06月08日

2014年06月07日のつぶやき
































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2014年06月06日のつぶやき










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2014年06月06日

2014年06月05日のつぶやき
























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2014年06月05日

2014年06月04日のつぶやき


























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2014年06月04日

2014年06月03日のつぶやき




















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2014年06月03日

訃報 ユリ・コチヤマさん R.I.P. #YuriKochiyama

訃報 ユリ・コチヤマさん
ユリ・コチヤマさんが亡くなりました。様々な英語のサイトを見たところ、日曜日の夜に亡くなったと書いてあるので、6月1日(日)のことだと思います(米国時間)。

日系アメリカ人。(アメリカ生まれの二世)
カリフォルニアで生まれ育ち、第二次世界大戦中は、米国政府による日系人強制収容所政策によりジェローム収容所生活を経験。
ニューヨークハーレムで公民権運動をはじめとする様々な活動に取り組む。
マルコムXが暗殺された現場にいたユリは、床に倒れたマルコムXの頭をひざにのせ、「彼を死なさないで」と、叫び続けたという。
そのときの写真が『ライフ』に掲載されているが、まだ息をしていたマルコムXの頭部をかかえているのが、ユリ・コチヤマだった。

大学の授業でマルコムXの伝記を読んだことは覚えているが、内容はすっかり忘れていた。
ユリの訃報にふれて、読み終えていなかった『ユリ 日系二世 NYハーレムに生きる』(中澤まゆみ)を手に取った。ユリが語るマルコムXの思想に触れた。
マルコムXがユリの誘いを受けて、NYを訪問中の日本の被ばく者たちに会いにきたことを知った。

私がユリに初めて会ったのは、2001年、911の後に行われたなんらかの反戦集会だった。
オークランドだかバークレーの公園で行われた反戦集会でもお会いしたし、
サンフランシスコの日本領事館前での抗議でもお会いした。

私は2002年にサンフランシスコを離れてしまったが、その年の二月に行われた「Day of Remembrance」というセレモニーで、会場に来られていたユリと一緒に写真を撮らせてもらった。
今、その写真を見返すと、ユリは歩行器に両手をかけている。
隣には、杖をついているソックス・キタシマ。
ソックスもユリも、戦時中の日系人に対する収容所政策への「補償」を求める運動に携わっている。
二人の胸にはワッペンがはってある。多分、ペルーの日系人の補償問題に賛同するワッペンだったと記憶する。
写真には、私と、ディナ・シェックの姿もある。
ディナはハワイで弁護士をしていて、以前聞いた話だと、ビキニ諸島の水爆実験で島から移住を強いられた人たちについて関わっているとのこと。
このときの私は、セレモニーで、キャンドルライターとして、歌舞伎シアターのステージに上がったのであった。ステージ上の11個のろうそくは、日系人強制収容所のそれぞれを表していて、私が灯りをともしたのは、トゥーリーレイクを表すろうそくだった。
私は以下に述べるNOSEIの代表(組織の代表ではなく、ステージに上がれないみんなの代表)として、キャンドルライターの役目を果たしたのだが、それは、日系コミュニティがNOSEIの活動に賛同してくれたことの表れでもあった。

私はそのころ、日系人と日本からの渡米者との交流。それも、街づくり、社会問題にリンクしての交流を活発化させようと、ディナたちと「NOSEI」というグループをつくって活動していた。
911が起きると、モスリムに対するヘイトクライムが身近で報告される緊張した空気が充満してきた。
日系人というだけで強制収容所に送り込まれた経験のある日系アメリカ人たちは、同じ過ちを繰り返してはいけないと、ヘイトクライムに反対する集会を開いた。
2011年9月22日にサンフランシスコのジャパンタウンで行われた平和集会を主催したのはNOSEIだった。

そこにはユリの姿もそこにあった。

今、昔の新聞記事を見返しているのだが、ユリは、私たちが主催するような草の根の活動に来てくれていた。
何度も同じ場所にいながら、志を同じにしながら、ゆっくりユリと話す機会がなかったことが悔やまれる。
そして、この時期に、ユリの訃報を目にしたことの意味を考えてしまう。
私はユリ・コチヤマの生き方に触れて、何をしたのか。何をしていくのかと。


やっと日本語の記事がでました↓
日系米国人2世の人権活動家、ユリ・コチヤマさん死去

時事通信 6月2日(月)23時24分配信

 ユリ・コチヤマさん(日系米国人2世の人権活動家)1日、死去、93歳。米メディアが2日報じた。
 カリフォルニア州サンペドロ生まれ。1941年の旧日本軍によるハワイ真珠湾攻撃の後、アーカンソー州の強制収容所に他の日系人と共に送られた。戦後、公民権活動やアジア系米国人のための運動に関わった。強制収容された日系人への謝罪と補償を求めた運動は、88年の連邦法制定にもつながった。
 親交が深かった黒人運動指導者の故マルコムXがニューヨーク市内の演説で凶弾に倒れた際、自らの膝に頭を乗せて最期を見届けた。 


2009年12月07日のブログから
12月7日に想う 真珠湾攻撃と日系人と私
20140416籏野さん.JPG

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2014年06月02日のつぶやき



















訃報 ユリ・コチヤマさん
ユリ・コチヤマさんが亡くなりました。様々な英語のサイトを見たところ、日曜日の夜に亡くなったと書いてあるので、6月1日(日)のことだと思います(米国時間)。続き


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2014年06月02日

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2014年06月01日

2014年05月31日のつぶやき












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