2013年11月09日

2013年11月08日のつぶやき 「孫文の机」











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今年の夏、足尾鉱毒事件で消された村・谷中村のある渡良瀬遊水地に行った際、谷中村に置き去りにされた墓石を集めた谷中村合同墓地にも行ってきた。
そこに詩人・草野心平氏揮毫による詩碑があり、旧谷中村と草野氏のつながりに驚いた。
調べてみると、詩碑は、谷中村出身の詩人・逸見猶吉(1907−1946)を記念して遺族が昭和47年に建立したもの。草野と逸見のつながりは、生前、詩誌「歴程」を中原中也らと一緒に創刊したり、草野編集の詩誌「学校」に作品を発表していた仲だということがわかった。
詩碑に刻まれているのは、逸見の代表作「ウルトラマリン第一<報告>」。

草野と逸見.JPG
(2013年6月撮影)

このリサーチの過程で「孫文の机」に出会った。
逸見猶吉は詩人としてのペンネームで、本名は大野四郎(四男)という。
弟(五男)の大野五郎は有名な画家。
兄にあたる(三男)の大野日出吉は、養子にいき和田日出吉となり、新聞記者として名をあげた人物だ。
2・26事件の現場に最初に足を踏み入れた報道関係者でもあり、さまざまな書籍を残している。
「孫文の机」は、日出吉から五郎に譲られたもので、日出吉が古道具屋で買ったものだという。

本書の章立てはシンプルで、
記者
詩人
画家
と、3兄弟についてそれぞれ書いている。(兄弟は全部で9人いるようだ)

なかでも、四朗(逸見猶吉)は、自分の祖父や父の財産が、谷中村の犠牲によるものだと知り、悩んでいた。
渡良瀬遊水地内の旧谷中村遺跡には、今でも大野孫右衛門屋敷跡がある。この屋敷にかつて住んでいた大野孫右衛は、3兄弟の祖父であり、谷中村最後の村長だった。
大野孫右衛門の息子・大野東一は村の助役で、村長とともに廃村を進める側についた。(東一は、3兄弟の父にあたる)

大野孫右衛門屋敷跡.JPG
(2013年6月撮影)

渡良瀬遊水地の旧谷中村遺跡で大野孫右衛門屋敷跡を見て、
どれだけの人が、大野村長らに、谷中村の廃村に命がけで反対した村民の姿を重ねているのだろう。
大野村長は廃村を推進した人だから、そこに廃村に反対した村民の姿を重ねるのは正しくないのだが、
遺跡ゾーンに残っている家屋跡や墓石からは、廃村に賛成した村民の存在を想像するのは難しい雰囲気がある。
そして、廃村に反対した田中正造の存在。正造の強烈な存在感は、谷中村に廃村に賛成するような村民がいたという事実を覆い隠してしまう力がある。

足尾鉱毒事件で得たもの失ったものを「これから」の私たちの社会にいかしたと思うなら、
大野孫右衛門や東一のような村民がいたことも踏まえて、旧谷中村とつきあっていくべきである。

父の東一は、ほとんど働くことはなかった。祖父のきずいた財産があったからだ。
逸見はそれが嫌で、自分が使える遺産は全て、神楽坂ではじめたバー「ユレカ」に注ぎこんだそうだ。

次は、「谷中村事件」を読んでみようと思う。

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posted by みの at 00:01 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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