2013年02月10日

2013年02月09日のつぶやき

minori_okd 日刊blog 2013年02月08日のつぶやき http://t.co/jjDQznjX at 02/09 05:50

minori_okd 日刊 #なでしこ ジャパン #nadeshiko 紙が更新されました! http://t.co/pWN3TfdN ▸ 本日トップニュースを提供してくれたみなさん: @Chihirot6 @nadeshiko12wiki @albirexns at 02/09 07:34

minori_okd 本日もpaper.li にログインできず・・・ at 02/09 10:37

minori_okd 国内で発生するPM2.5もあるのに RT @asama888: 中国の公害・大気汚染で飛来する「PM2.5」に関して、原発推進派の産経や読売が熱心なのはどうしてかとふと思う。→→→大気汚染物質「PM2.5」測定強化(読売新聞) http://t.co/c6yDlzzu at 02/09 10:39

minori_okd 他の新聞はこういう判断してますか?「(原子力)規制委員会が検討している新基準をこれまで「安全基準」と表記してきましたが、この基準を満たしさえすれば原発が安全となるとは限らないため、「規制基準」と表記します」東京新聞2月7日より #genpatsu  at 02/09 10:51


最後の人・詩人高群逸枝

最後の人・詩人高群逸枝
著者:石牟礼道子
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以前、この本のレビューを書いた際、日経と毎日に関連記事があることも書きました。
ここにもう一つ、新たな記事を加えます。毎日の記者が書かれたレビューのようです。
とてもわかりやすいです。

刊行:石牟礼道子さん『最後の人 詩人高群逸枝』 夫妻の住居「森の家」滞在記録 (月曜文化)
毎日新聞 2012年11月19日 西部朝刊
http://mainichi.jp/area/news/20121119ddp014040004000c.html

◇奇跡の時間ふたたび

 作家の石牟礼道子さん(85)=熊本市=が『最後の人詩人高群逸枝』(藤原書店)を刊行した。女性史学の創始者で詩人の高群逸枝(1894〜1964年)、夫の橋本憲三(1897〜1976年)との交流を描いた記録で、石牟礼さんの代表作『苦海浄土』とのかかわりも興味深い。

 既に石牟礼全集に収録されているが、論じられる機会がきわめて少ない作品だった。夫妻との親しい関係も知られていない。石牟礼さんは「逸枝さん、憲三さんとの奇跡のような時間をひけらかしたくなかった」と話す。

 逸枝は熊本県豊川村(現・宇城市)生まれ。1919年に憲三と結婚。20年に上京して平塚らいてうらの婦人解放運動に参加。31年から自宅にこもり、女性史研究に没頭した。家父長制下の家族制度に必然性がないと論証するなど、女性史学を確立した。

 夫憲三は水俣市生まれ。家事一切を引き受け、専属編集者として執筆や研究をサポートした。妻の死後は水俣に戻り、『高群逸枝雑誌』刊行などでその仕事の普及に尽くした。

 石牟礼さんは64年に逸枝の著書『女性の歴史』を読み、「私が疑問に思うことへの答えが全部ある」と傾倒。手紙を書いたが、1カ月後に逸枝は死去。逸枝は手紙に目を通し、石牟礼さんを話題にしていたという。

 妻の死後、水俣に引き揚げた憲三は、石牟礼さんに「逸枝の勉強した跡を見てほしい」と、夫妻が「森の家」と呼んだ東京の住居兼仕事場への来訪を勧める。石牟礼さんの力量を認め、逸枝に代わる時代の牽引(けんいん)車として石牟礼さんを見込んでのことだ。

 『最後の人』は石牟礼さんが「森の家」に滞在した記録である。1966年6月29日〜11月24日の出来事を日記ふうに記した第1章、憲三の視点の「僕」の語りの第2章など4章から成る。

 第1章は石牟礼さんの目を通し、逸枝が成し遂げた仕事のアウトラインを描く。憲三に同行して面会したらいてうの印象や、<虫の死にだって慟哭の心を持っていたひとだった>など憲三の言葉を織り込む一方、『招婿婚の研究』などの著作や手紙、詩、日記からの引用で、その思想空間の再現に腐心している。

第2章の自由奔放な語りは石牟礼さんの独壇場である。<逸っぺ、あなたよ。なんて、やわらかい舌をしているのでしょう>など、『苦海浄土』をほうふつとさせるしなやかなリズムを刻む。「憑依(ひょうい)するんです。瞬間的にその人になってしまう」

 注目は、「森の家」で『苦海浄土』を執筆していた点だ。同書の原型は熊本の渡辺京二さん編集の『熊本風土記』に連載されていたが、原稿はまず憲三が目を通し、渡辺さんに送っていたという。

 「火山が噴火するような、地殻変動が起き始めた」と石牟礼さんは「森の家」滞在時を振り返る。「この世への感受性の熱いこと。人間に対する思いの深さは私のお手本」と逸枝を懐かしむ。同じ資質は、水俣病に立ち向かう石牟礼さんにも言える。

 タイトルは「こういう人はもう出てこない」という畏敬(いけい)の念を込めて憲三を指す。逸枝のことでもあるという。【米本浩二】
posted by みの at 00:01 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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